海への主権回復

 「私たちの要求は正しい道を歩んでいます。歴史、正義、そして権利に基づいて、

いつの日か主権を持って太平洋に戻りましょう」。

エボ・モラレス・アイマ 2015年1月23日

海の本

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 DIREMAR: http://www.diremar.gob.bo/.

Entrevista a Carlos Mesa - vocero de la demanda marítima

海の本より抜粋

年表

1875年7月21日

1874年条約を補完する議定書を調印。同条約から生じるあらゆる論争を解決する手段としての仲裁方法を定めた。

1879年2月14日

チリは、事前に合意した仲裁メカニズムを無視してボリビアのアントファガスタ港への軍事侵攻を行った。

1884年4月4日

ボリビア・チリ停戦協定締結。

1895年5月18日

領土割譲条約を締結。チリはボリビアにタクナ県及びアリカ県、即ちビトル湾からカマロネス渓谷までを割譲した。

1904年10月20日

ボリビア・チリ平和友好条約締結。

1919-1922年

パリ講和会議及び国際連盟においてボリビアは海に関する要求を申し立て、チリは1904年条約の枠外での直接交渉開始を提案した。

1920年1月10日  グティエレス-ベジョ・コデシード文書調印。1904条約と関わりなくボリビアが太平洋への出口を得られるための合意の基本線をチリが提案。

1950年

長年にわたる外交交渉の後、サンティアゴ駐在のボリビア大使アルベルト・オストリア・グティエレスとチリ外務大臣オラシオ・ワルケル・ララインは二通の文書を交換し(6月1日、20日)、領土の補償を伴わないボリビアの太平洋への主権を持った出口に関して交渉することを合意した。

1961年

チリはボリビアに、1950年に合意したボリビアの太平洋への主権を持った出口に関する交渉を再確認する覚書を提出。

1962年

ボリビアはチリに対し交渉開始承諾の旨を回答した。しかしチリは国境を横断する国際河川であるラウカ川の水流をボリビアの同意なく一方的に迂回させ、このことが両国間の外交関係停止を招いた。

1975年

チリはアリカ北部につながる地域を通じてボリビアと接する海岸をボリビアに割譲することを提案した。1929年のリマ条約を補完する議定書に従って、チリはペルーにこれに関する意見を求めた。

1976年

ペルーは反対提案を行ったが、チリはその検討を拒否した。

1978年

チャラーニャの交渉は行き詰まった。ボリビアは、チリの頑なな態度への対応として、再び外交関係の停止を余儀なくされた。

1979年

米州機構(OAS)第9回総会は、ボリビアの海への出口問題は半球の恒常的関心事項であるとする第426号決議を採択し、ボリビアに主権と有効性のある太平洋への出口を与える公正かつ公平な解決が図られるよう勧告した。

1987年

ボリビアとチリの代表団はモンテビデオ(ウルグアイ)で会合を持った。ボリビアは回廊地帯の主張を再開し、代替策として飛び地の割譲を提案した。短時間の考慮の後、チリはこれを断固として拒否した。

2011年4月5日

海の主権回復国家委員会及び海の主権回復戦略局(DIREMAR)を創設。

2013年4月3日

エドゥアルド・ロドリゲス・ベルツェ前大統領が国際司法裁判所におけるボリビア代理人に任命された。

2013年4月24日

ボリビアは国際司法裁判所にチリを提訴した。

2014年4月15日

ボリビアは国際司法裁判所に報告書を提出した。